今回のテーマは、日本に在留する外国人が直面するかもしれない法律問題についてです。
今回の記事は、今までのものと違って、全ての外国人に関係する在留資格とは、直接関係がありません。しかし、日本に在留する外国人、あるいは、その外国人と近い関係にある日本人にとって、知っておくと有益な知識だと思います。特に在留期間が長くなればなるほど、いろいろな法律問題に直面する可能性が増すことは確かでしょう。
「問題」と書きましたが、以下では、必ずしも「トラブル」という意味だけではなく、もっと広く、法律の適用を受ける行為や出来事、地位や身分の変更、権利や義務の発生などに対して、「法律問題」という語を使っていきます。
では、日本に在留する外国人が遭遇するかもしれない法律問題には、どのようなものがあるでしょうか? そして、それらの解決方法は?
今回は、最初に基礎知識を説明し、最後に例題をいくつか設定して質問を出します。回答及びその解説は、次回の投稿を参照してください。
できるだけ分かりやすい説明を心掛けますが、やや難しいテーマですから、読んでいて不明な点がありましたら、ご遠慮なく当事務所に質問してください。
1.法の分類
最初に、この記事のタイトルにある「国際家族法」とはどのような法かを説明します。
法律は、大きく分けて、国家が関係する公法(刑法や租税法など)と私人間の問題を規定する私法(民法や商法など)とに分類できます。
また、純粋に国内の問題を規定する法を国内法といい、複数の国にまたがる問題を規定する法を国際法といいます。
従って、当事者の国籍や財産の所在地が複数の国にまたがって存在する、私法上の問題を規定する法は、国際+私法=「国際私法」と呼ばれます。
そして、国際私法のうち、家族に関する問題を規定する法が「国際家族法」です。
国際私法も国際家族法も、法のカテゴリーの名称であって、これらの名称の法律が存在するわけではありません。
今回及び次回の記事では、国際私法のなかの国際家族法に焦点を当ててお話しします。
2.国際家族法の対象
国際家族法は、主に日本の「民法」第4編「親族」や第5編「相続」が規定している問題を対象としています。具体的には、結婚や離婚、夫婦財産制、こどもの認知、養子縁組、親権、相続、遺言などです。
このほかに、「児童福祉法」や「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」など特定の人々や事案を対象にした特別法が関係するケースも考えられます。
3.法の適用に関する通則法
民法など上記の日本法に相当する法律は、概ねどこの国にもありますが、同じ法律問題に日本法を適用した場合、A国の法を適用した場合、B国の法を適用した場合、その結論が違うかもしれない、ということは何となく想像できるのではないでしょうか。
そうすると、日本に住んでいるA 国人に関する私法上の法律問題を解決するために、日本法を適用するか、A国法を適用するかによって、裁判の結論が違ってくるかもしれません。この場合、当事者であるA国人にとって、どちらの国の法が適用されるかは非常に重要な問題です。
自分に都合の良い方の法律を選択できるなら、このA国人は満足でしょうが、それでは困る相手方がいるかもしれません。そこで、公平公正を期するため、どのような場合に、どこの国の法を選択して適用すべきかを規律するルールが、それぞれの国で法制化されています。
日本では「法の適用に関する通則法」(以下、たんに「通則法」と略します)という名の法律が、国際私法上の諸問題に適用する法の選択について主に規定しています。
4.準拠法
日本に住んでいるA国人に関する法律問題を処理するために日本法を適用するか、A国法を適用するか、あるいはB国法の適用もあり得るか、については、上述した通則法によって決まります。
通則法によって選択され、ある問題に適用される国の法を「準拠法」といいます。
ところで、この記事を読んでいるほとんどの人は、日本で行われる裁判には日本法、A国で行われる裁判にはA国法しか適用されない、と思い込んでいないでしょうか?
(1)ところが、日本に住んでいるA国人に関する裁判が、日本の裁判所に提訴された場合、日本の裁判所がA国法を適用して裁判をすることがあります。この場合、日本の裁判所は通則法に基づいてA国法を準拠法に決定したわけです。
(2)同様に、B国に住んでいる日本人に関する裁判が、B国の裁判所に提訴された場合、B国の裁判所が日本法を適用して裁判をすることもあります。この場合は、B国の裁判所が、日本の通則法に相当するB国のルールに基づいて、日本法を準拠法に決定したわけです。
ある国の裁判所が、わざわざ他国の法律を使って裁判をするのは不思議に感じるかもしれませんが、その理由は後述する各例題を考えていくうちに分かってくると思います。
いずれにせよ、「準拠法」という単語は、どうもとっつきにくい感じがありますが、このあとも出てくる単語ですので、覚えておいてください。
5.裁判所の法廷外での仕事
裁判所ときくと、原告と被告が弁護士を雇って、法廷でそれぞれ自分が正しいと主張し合い、それを裁判官が聞いて、どちらが正しいか判決を下すところ、というイメージがあると思います。ちなみに、このような争いを裁く場を「法廷」といいます。
もちろん、このイメージも正しいのですが、裁判所は他の方法で事件を解決したり、決定したりもします。
例えば、当事者双方が話し合いによって合意するように導く調停(離婚の調停など)、争いではないけれども、法律で公に決める必要がある決定(後見人の選任、養子縁組の許可、相続放棄の確定など)を、裁判所は法廷を開かずに(裁判をせずに)行います。
裁判となると大事ですが、これらの問題に関しては、裁判所が少しは身近に感じられないでしょうか?
このような裁判所による法廷外の問題解決方法にも、それが国際私法上の問題であれば、上述の準拠法が選択され適用されます。
6.国際裁判管轄権
日本に住んでいる日本人と外国人の夫婦が不仲になって、離婚するしないで訴訟を起こした時は、日本の裁判所が裁判をすることは、何となく、当たり前のように思えます。
では、次の場合はどうでしょう?
(1)日本に住んでいる外国人同士の夫婦の離婚訴訟は、どこの国の裁判所が行うか?
(2)外国に住んでいる日本人同士の夫婦の離婚訴訟は、どこの国の裁判所が行うか?
答えは、(1)については、日本の裁判所です。また、その外国人の本国法によっては、その外国人の本国の裁判所で裁判を行うことが可能かもしれません。
そして(2)についても、日本の裁判所です。また、彼らが住んでいる外国の法律によっては、その外国の裁判所で裁判をしてもらうことが可能かもしれません。
話がややこしくなってきましたが、要は、国籍や住所地が複数の国にまたがる事案、つまり国際私法上の問題を解決する際に、どこの国の裁判所にその問題を処理する権限があるかということです。
第5章で説明した法廷外の問題解決方法にも、裁判所が関与する限り、国際裁判管轄権は考慮されなければなりません。
国際裁判管轄権の有無に関するルールは、日本では、民事訴訟法や人事訴訟法、家事事件手続法に規定されています。これら3つ法のいずれも、第3条の2以下に「日本の裁判所の管轄権」という項目がありますので、興味がある方は読んでみてください。
概ね、問題が発生した土地、当事者が住んでいる土地、当事者の国籍がある国などの裁判所には、国際裁判管轄権があると考えておいてよいでしょう。しかし当事者Xと当事者Yとが別々の国に住んでいる場合は、一体どうなるのでしょう?!
いずれにしても、これ以上ややこしくなっては困りますから、以下の各設問では、日本に裁判管轄権があることを前提に話を進めましょう。
7.質問編
基礎知識の説明が、思った以上に長くなってしましました。特に準拠法と国際裁判管轄権のあたりは分かり辛かったかもしれません。。。コーヒーでも飲んで一休みしてから、以下の各質問を読んで考えてみてください。
(1)婚姻1
A国の法律では16歳から結婚できますが、日本では民法第731条により18歳以上にならないと結婚できません。日本人の20歳のXとA国人の16歳のYは、日本で結婚できるでしょうか?
(2)婚姻2
イスラム教を国教とするB国では、男性は4人まで妻を持つことができます。B国人の男性Xは既に一人の女性と結婚していますが、Xと日本人の女性Yは日本で結婚できるでしょうか?
(3)離婚1
C国の法律は離婚を禁止しています。C国人のXと日本人のYは、C国で結婚しましたが、その後、日本に移り住んで5年が経ちました。しかし、最近夫婦仲が悪くなり、離婚したいと考えています。XとYは日本で離婚できるでしょうか? 日本では、もちろん離婚は合法です。
(4)離婚2
XとYは、ふたりとも離婚を禁止しているC国人です。XとYは結婚後ずっと10年間日本に住んでいますが、夫婦仲が悪くなり、離婚したいと考えています。XとYは日本で離婚できるでしょうか?
(5)養子縁組
日本人XとD国人Yの夫婦は日本で暮らしています。ところで、YにはD国に前夫Zとの間にできた二人のこども、16歳の子W1と10歳の子W2がいます。XとYとの間にはこどもがいないため、二人はW2を養子にして、日本に連れてきて一緒に住みたいと考えています。
W2 を養子にする場合、日本の民法ではW2の法定代理人(父Zと母Y)の同意が必要です。一方、D国法では一定の近親者、この場合はYとZに加えてW1の同意も必要です。しかし、Yはもちろん、Zも同意したもののW1が同意してくれません。
上述のとおり、日本法ではW1の同意は養子縁組成立に不要ですが、XとYは無事にW2 を養子として迎え入れることが出来るでしょうか?
(6)親権
E国人XとYの夫婦は、長年日本に住んでいて、二人の間には、日本で生まれた5歳の子Z(国籍はE国)がいます。ある時、XとYは大ゲンカをして、Yは、Xの同意を得ずに、Zを連れてE国に帰ってしまいました。Xは法的な手段によって、Zを日本に連れ戻すことができるでしょうか?
ところで、日本法でもE国法でも、婚姻中の夫婦には、双方に親権(子を監護し教育する権利と義務)があります。
また、日本もE国も「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(ハーグ条約)の加盟国です。
(7)夫婦財産制
F国人XとG国人Yの夫婦は長年日本で暮らしていて、東京にX名義のマンションを所有しています。F国の法律では、名義がどちらであろうとも、婚姻中に得た財産は夫婦の共有財産とみなされています。一方、G国法では、婚姻中に得た財産であっても、X名義のものはXのもの、Y名義のものはYのものと規定されています。ちなみに、日本法はG国法と同じです。
XとYが日本で離婚し、財産を分ける際に、X名義のマンションはどうなるでしょうか?
(8)相続1
H国人Xと日本人Yの夫婦は、ずっと日本で暮らしてきましたが、老齢のためXはYを残して80歳で死去しました。XにはH国に親族が残っておらず、配偶者であるYと、Yとの間の子Z(日本国籍)がいるだけです。
YとZがXの遺産を相続するための準拠法は、H国法、日本法のどちらになるでしょうか?
(9)相続2
H国人Xは、実は重国籍者でK国の国籍も持っていることが判明しました。実は生まれたのはK国だったのですが、両親の母国のH国の国籍も取得していたのでした。Xは8歳の時に、両親と共にH国に戻り、28歳でYと結婚し、日本で生活を始めるまでH国で生活していました。
この場合、上記(8)の例題で相続の準拠法は、H国、K国、日本のうち、どこの国の法になるのでしょうか?
(10)遺言
遺言は、万が一偽造されたら大変なことになるので、その方式については、それぞれの国の法律が厳密に定めています。例えば、日本の民法第969条には「公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない・・証人二人以上の立会い・・・」といった規定があります。
ところで、先日日本で死去したH国人Xは、L国に土地を所有していることが判明しました。そして、L国の公証役場に、その土地の相続に関するXのビデオ録画による遺言が保管されていたのです。
H国法でも、K国法でも、日本法でもビデオ録画の遺言状は認められていませんが、L国法では認められています。
いずれにしても、Xの遺産相続の準拠法となりそうな法律の中にL国法は入っていませんが、Y とZはこの土地を無事に相続できるでしょうか?
◎今回の「国際家族法」基礎知識その1(質問編)はここまでです。回答及び解説は、次の投稿までお待ちください。次の投稿まで待てない、あるいは読んでいてよく分からないところがあった等々の場合には、お気軽に当事務所にお問い合わせください。