1.事実婚と同性婚それぞれの裁判の歴史
このページを読まれる方に対しては、日本において、同性婚やトランスジェンダーに関する法整備が如何に進んでいないかについて、改めて説明するまでもないと思います。そこでここでは、事実婚と同性婚それぞれの裁判の歴史について、比較してみたいと思います。
事実婚とは、異性間において婚姻届をしないでする事実上の夫婦生活を指し、昔はいわゆる内縁関係といわれていたパートナーシップのことです。
ひと昔前の内縁関係として思い描くのは、経済力のある男性が、男の側の何等かの理由で正式な結婚をしないまま、実質的な夫婦として暮らす、というものかと思われます。良い関係が続いているうちはよいですが、関係が破綻し男に捨てられてしまうと、そもそも、社会的、経済的に恵まれない出自であったからこそ、内縁関係を受け入れざるを得なかった女性にとっては、途端に生活に困窮してしまうという時代でもありました。
そのような、内縁関係が一方的に破棄されて遺棄され、困窮した女の救済に対して、裁判所は戦前から前向きに取り組んできました。当時の社会にあって、男の裁判官が上から目線で不幸な目に遭った女にお情けを掛けた面もあったかもしれません。しかし、いずれにしても、当時の裁判官たちは、法解釈の知見やノウハウが現代ほど蓄積されていないなかで、知恵を絞って、民法の条文をそのまま読めば、救済の道はどこにも書かれていないにもかかわらず、条文を柔軟に解釈することにより、再三、男の側に賠償金(慰謝料)の支払いを命じる判決を出してきたのです。
このような裁判例の積み重ねを経た結果、異性間の事実婚は、今では、婚姻に準ずる関係と認められ、司法による保護はかなり進んできています。
翻って、同性婚についてはというと、上述のような事実婚に関する、良いも悪いも歴史的な判例の積み重ねがまだほとんどありません。
2025年現在、同性婚訴訟は高裁レベルまで進んでおり、高裁判決6件のうち5件で、同性婚を認めないのは違憲あるいは違憲状態との判決が出ています。残念ながら、6件目の東京高裁で合憲判決が出されてしまいましたが。
2026年中には最高裁の判決が出ると予想されているので、最高裁には、政府・与党に忖度せず、是非とも矜持を見せてもらいたいと思います。
最高裁で違憲判決が出ても、現在の国会が直ぐに法改正に動くとは思えません。しかし、少なくとも地裁、高裁は最高裁の判決に拘束されますので、最高裁で違憲判決が出れば、下級審で違憲、即ち同性婚を認める判決が、時間はかかるでしょうが、続々と出て積み重なり、やがては、異性間の事実婚と同じくらいに、婚姻に準じた関係とみなされるようになる可能性はあると思います。そう期待したいです。
2.渋谷区条例について
これも解説するに及ばないと思いますが、東京都渋谷区は、2015年に「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を制定し、LGBTQの人たちの事実婚を支援するため、パートナーシップ証明書の発行を始めました。パートナーシップ証明書とは、この証明書を保持するカップルに対して、婚姻と同じようなパートナー関係を区が認めるものです。
この条例は、2024年に名称と内容を改訂して、「渋谷区人権を尊重し差別をなくす社会を推進する条例」になりました。
この新しい条例では、LGBTQの人たちの事実婚のためのパートナーシップ証明書発行は従来通りですが、男女や性のありように関してだけではなく、人種、国籍、信条、障害、年齢、出身地、経歴等による偏見や差別を失くし、様々な多様性に関する理解と支援を推進することをも目的に含めています。
3.任意後見契約
さて、話をパートナーシップ証明書に戻しますが、渋谷区長からパートナーシップ証明書をもらうためには、任意後見契約・合意契約公正証書を作成する必要があります。
任意後見契約とは、パートナーシップを結んだ二人のうちの一人が、認知症などにかかってしまい、自分の財産管理や医者とのやり取りが出来なくなってしまったときに、もう一方のパートナーが本人に代わって行えるようにするための契約書です。異性間の法律婚であれば、もう一方の配偶者が当然に本人に代わって行えることを、LGBTQのパートナーは、現行の法律上は他人扱いなので、契約書を作る必要があるのです。
いずれにしても、認知症などにかかって正しい判断が出来ない本人に代わって、場合によっては命にかかわるようなことまで決めてあげなければならない重大な契約なので、この契約は、必ず公正証書にしなければならないと法律で決まっています。
公正証書とは何かについては、契約書(家事・家族関係)作成のぺージの中段辺りに説明がありますので、参考にしてください。
もっとも、普段法律に接する機会のない方にとっては、読んでいただいてもすんなり頭に入ってこないかもしれません。その場合はご遠慮なく、お問い合わせから疑問や質問を送ってください。あるいは、直接お電話をください。
4.世田谷区パートナーシップ・ファミリーシップ宣誓
渋谷区が上記の条例を制定した同じ年、2015年に同じ東京都の世田谷区が「パートナーシップ宣誓」を始めています。この制度は、LGBTQのパートナーシップを宣誓した二人に対して、世田谷区長が、その宣誓を受け止め、宣誓受領証を発行するというものです。
世田谷区は更に一歩進めて、2022年、宣誓の対象を、LGBTQのパートナーの子や親を含めたLGBTQファミリーにまで広げました。
同性カップルであっても、子を設けて家庭を築きたいという思いに変わりはありません。異性との前婚でできた子(連れ子)や人工授精、養子縁組など様々な家族形成過程を経て、同性パートナーと子を育てているカップルはかなり多いようです。
世田谷区が行政機関として、その点にいち早く気付き制度化したことは、素晴らしいと思います。
このように東京の渋谷区と世田谷区が先例を作ってくれたことにより、過去10年の間に、パートナーシップの公認制度は全国に普及し、2024年の時点で全国の約85%の自治体で導入されるに至りました。
ただし、条例を制定しているのはまだ渋谷区だけで、ほとんどの自治体は世田谷区モデルを採用しているようです。条例とは、市町村議会が制定する地方自治体の法であって、選挙で選ばれた多数の議員の多数決に基づく立法行為です。これに対して、宣誓制度は地方自治体の長一人によって発令されるもので、行政命令です。ルールの重みとしては、条例の方が重いので、今後は多くの地方自治体で、世田谷区モデルから徐々に渋谷区モデルに変わっていくとよいと思います。
5.パートナーシップ契約書は傘のようなもの
世田谷区でパートナーシップ宣誓やファミリーシップ宣誓をするためには、公正証書も普通の契約書も要りません。宣誓とは、私たちは真摯にお互いを愛し、末永く共に暮らすことを誓います、と二人が区長に対して宣誓するのであって、二人の間に交わす契約書とはベクトルが違うものですから。では、契約書は不要かというと、これは考え方次第ですが、少なくとも、作っておいた方が安心と言えそうです。
異性間の法律婚では、民法がいろいろな夫婦の権利義務を定め、婚姻の利益を保護してくれます。しかし、当然のことながら、民法には同性婚を保護する規定は何もないので、将来、子を設けたり、病気になったり、離婚したり、死亡したときに、契約が無ければ、法律的には他人同士として処理されてしまします。
そんなときに、契約書があれば、いやいや、私たちの関係はここに書いてあるとおりで、この問題に関して、法律婚の夫婦と同じように処理すべきことを二人の間で合意しています、ということができます。その契約を公正証書にしておけば、更に対外的な信用力を高められます。
法律に基づかない私人間の契約は、正直なところ、決して盤石なものとはいえないですが、それでもどんな貧弱な傘でもあると無いとでは大違いなのと同じで、少しでも濡れないようにするために備えておくことの意味は、決して小さくはないと思います。